うちゅうのくじら

そりゃあもういいひだったよ

東海道から伊勢まで自転車で走る

2日目スタート

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8時過ぎに出発。快晴である。

あまりの気持ちよさにひとりニンマリしながら、自転車通学中の中学生たちを颯爽と抜き去った。目指すは約90キロ先の伊勢である。

さて、2日目の行程はこんな感じだ。

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どれだけゆっくり走っても、自転車が壊れない限り、日が落ちるまでには伊勢に着くだろう。

ちなみに、滋賀から伊勢に行く場合、国道1号線→10号→23号線沿いを走れば、何も考えなくても着くのだが、私は自転車旅をする場合、できるだけ大通りは避けて側道をゆっくりと走ることにしている。

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こういう道が好きすぎて、永遠に走れる。

その方が安全だし、その土地々の雰囲気をダイレクトに感じることができて楽しいからだ。

そういうわけで、脇道や東海道をのんびりとサイクリングしながら伊勢を目指すことにする。

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滋賀の脇道を走っていると、茶畑のそばにあるこじんまりとした公園を発見。こういう風景に、きゅんきゅんしながら走る40過ぎ(むしょく)なのである。

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ちょうど良いサイズ感で、東家に腰かけながら子供を見守る親の姿が目に浮かぶ。こういう公園が家の近くにもあるといいのになあと思いながら通り過ぎた。

ちなみに今気付いたのだが、右下にみえる黄色い遊具は一体なんなのだろう。どう見てもエビフライにしか見えない。

鈴鹿峠越え

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さて鈴鹿峠に差し掛かると、緩やかな登りが始まる。峠と言っても体感で5%〜10%くらいで、チュートリアルのような登りである。坂嫌いな私でも鼻歌交じりに余裕をぶちかましながら登れるくらいだった。

ちなみに余裕がなくなると、ハアハア喘ぎながら、汗やら涎やらその他よくわからない謎の液体を振りまきつつペダルを踏むという地獄絵図になる。シンプルに汚いし、当然ながら楽しくない。ブツブツと坂道を呪い始めたらいよいよ限界なのである。

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それはさておき、ここは国道1号沿いだが、割と広めの歩道が設置されており、車道を走らなくても済む。

安全面を考えると、交通量の多い道路は避けたいものだ。大型車が行き交う車道を走るのは、やはり怖い。それはドライバー側とて同じであろう。私も経験があるが、自転車を追い抜くときはかなりの神経を使うものだ。登り坂でフラフラしている自転車ならなおさらである。

したがって、できるだけゆっくりと歩道を走らせてもらうことにする。

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歩道には人っ子1人おらず、誰ともすれ違うことはなかった。独り占めである。下りでテンションがあがり年甲斐もなく「いやっふぅー」とか言いながら進んでいる。

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ただ歩道は車道に比べると、どうしてもパンクのリスクがあがってしまうものだ。段差が多かったり、枝やら石ころ、ガラスのかけら、そしてマキビシやらが落ちているからだ。

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コレは極端な例。

パンク修理キットは常備しているが、ぶっちゃけ直すのはめんどくさいし、何よりテンションが下がるのだ。適正な空気圧を保つとか、対パンク性能の高いタイヤを履かせるのも大切だが、基本的にはパンク回避テクを駆使する方が回避率は高まる気がする。

私の場合、歩道の段差に乗る際、スピードを落としてお尻を上げ抜重する。段差にタイヤがぶつかってパンクすること(いわゆるリム打ちパンク)が多いからだ。角が鋭そうな段差は、バニーホップ(ぴょんとジャンプするやつ)をそれぞれ前後輪行う。ちょっとしたミニゲームの感覚でやると楽しい。

まれにガラス片や釘が落ちていることもあるので、路面状態を欠かさずチェックするのも大切だ。ちなみにブラジャー、東京バナナ(箱ごと)、魚が詰まった発泡スチロールが落ちていたことがあった。世界は広いのだ。

そして障害物を見つけるや否や、親の仇の如く睨みつけながら交わす。一緒に走っている人がいたら地面を指差しながら「総員回避!」と叫んで教えてあげるのがいいだろう。

あと、休憩のたびにタイヤに異物が刺さっていないかチェックする癖をつけると良いかもしれない。私は毎回やっている。それくらいパンクを憎んでいるのだ。パンクはゆるさん。そういう心構えが大切なのだ。

植物界隈の陽キャたち

ちなみにあまり人が通らない歩道は、元気すぎる草が「ウェーイ」と言わんばかりに茂っていることがある。

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ジャングルクルーズで草。

こういう場合車道を走るか、交通量が多ければ覚悟を決めて草むらに突っ込むのだが、当然こうなる。

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オシャレな柄タイツ(に見えなくもない)

東海道という名の異世界転生

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1号線から東海道に入ると、雰囲気が一変する。

その静けさに思わず「あれ、異世界転生した?」と思ってしまうほど、周りの世界と自分自身が乖離した感じがあるが、次第に周囲と馴染んでいくのがわかる。

一旦馴染んでしまうと、シンプルに心地いい。

聞こえてくるのは、車輪がくるくると回転する音と鳥のさえずり、木の葉が風にゆれる音だけだ。

道路は車はおろか自転車すら走っていない。

木々の間を縫うようにして道が続いており、自転車は今までにないくらい軽快に進んでいく。空気が少しひんやりとしているが、寒くはない。空気が澄んでいる、とはこういうことなのだろう。

こういう場所はできるだけゆっくりとペダルを回すことにする。通り過ぎてしまうのがもったいない気がしたからだ。

時々、登山風の方とすれ違い、あいさつを交わす。東海道を徒歩旅しているのだろうか。

そうやってのんびり進んでいると、ハッとするような風景が目に止まり、思わずブレーキを握った。

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役目を終えて、朽ちかけたショベルカーが静かに佇んでいるのが見える。

なぜかわからないが、その錆びた背中に惹かれるものがあり、しばらくぼうっと眺めていた。

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もう一台あり、こちらは周囲の草木と一体化しつつある。

自然にのまれていくかつての働き者たちに妙な親近感を覚えた。

関宿へ

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そんなこんなで関宿に辿り着く。江戸時代、街道を行き交う人々で賑わったら場所らしい。旅宿が連なるようにしてあり、その時代の雰囲気が色濃く残っている。

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ここまで来たら2日目の行程の大体1/3は終えたことになる。時刻は11時前。

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ここからしばらく東海道を進み、伊勢街道へはいる。

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例によって寄り道しまくりながら走る。むしろ寄り道が楽しくなってきている。私にとって、自転車の速度感がちょうどいいのかもしれない。遅すぎず、速すぎずちょうどいい速度で旅ができる。今さらながら新たな発見があった。

それに2日に分けて正解だった。1日で大阪市から伊勢市へ行くとなると、のんびり走っている余裕はさほどないからである。

寄り道すると、知らない景色にたくさん出会う。見たことがあるようで、見たことのない景色だ。

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しなる稲穂が風の存在を知らせてくれる。広々として気持ちいい。

いい感じの曲がり角で休憩。

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道の駅も何ヶ所か通るのだが、やっぱりこういう何でもないところで立ち止まるのが好きだったりする。自分だけの道の駅なのだ。

23号線へ

23号線に出てからは早かった。

広めの側道があり、ひたすらその道に沿って進んでいくだけである。

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広い側道が23号に沿って設置してある。

農道がすぐ近くにあるため、トラクター等の作業車に注意は必要だが、快適に走れる。

途中迂回する箇所があるので、地図を確認しつつ走るといいかもしれない。

自転車旅中の食事

距離に関わらず走っている間は、あまり食事を取らない。がっつり食べる人もいるのだが、私の場合、走ってると胃の中がトランポリンみたいになるので、軽めの補給食をこまめにとることにしている。水分はスポーツドリンクを中心にしっかり摂取し、コンビニ寄った際はおにぎり一個かアイス+炭酸ジュースくらいである。

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補給食入れと化したバナナくんの中身。今回は2日間それぞれ100キロ前後なので、少なめである。一口ようかんとグミ、塩タブレットを持ってきた。プロテインバーやおしるこサンドを持っていくこともある。 

しっかり食べるのは、走り終わった後がほとんどだ。

食事の写真がないのは、そういう理由があったりする。

そして到着

午後3時過ぎ無事到着。

総走行距離は194キロだった。

自転車に乗っていた時間は約12.5時間となった。寄り道したので距離、時間共に予定よりも多くなってしまったが、気持ちよく走れた旅となった。

実家に帰ると、迎えてくれた母が第一声にこう言った。

「黒いなあ!」

てっきり日焼けのことかと思い、「まあ一日中走ってたし多少は焼けたかも」と答えたが、母は首を振りながら自転車を指差した。

「ちゃうがな、コレのことや」

自転車が黒い。まあ確かに私の自転車は黒が基調となっている。

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いや待て何度も見てるはずなのに、なぜ今さら…、と思いながら「まあ渋いしええねん」と返すが、母はふーん、とつぶやくと続けた。

「名前はつけたん?  ブラッキーとか?」

ブラッキー…)

謎のネーミングセンスのせいで、疲労が一気に押し寄せてきた気がした。

ちなみに自転車に名前はつけてないが、仮につけるとしても「ブラッキー」だけは絶対にないだろう。絶対にだ。

 

その後、またどこか自転車で走りたいなあ、とぼんやり考えながら、お風呂アイスで体を癒した。

ひょっとしたら死ぬ間際に、私の中の記憶の蛍がポッと瞬き、今回のことを思い出すかもしれない。そういう旅になったと思う。

そしてなによりも無事に辿り着けたことに感謝なのである。

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ここまで読んでいただき、ありがとうございました。

 

甲賀の里を自転車で走る

さすが忍者の町、至る所にマキビシが落ちている。

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砕いておみやげにした。

ちなみに踏むと普通にパンクの可能性があるため必死で避けている。イガが割と硬くて、角度が悪ければタイヤに刺さりそうなのだ。したがって、リアルにマキビシなのである。

 

あと「飛び出し注意」の看板が楽しい。

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見かけた看板は全て撮ってやった。

ちなみに私の中で忍者=忍者ハットリくんなので探していたが見つからなかった。後で調べてみたら、彼は伊賀忍者らしい。納得。

 

そんなこんなで宿に到着。

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忍者感ゼロだが、ここはコンテナホテルなのだ。

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こういう感じで独立しており、雰囲気は倉庫っぽい。

一度こういうホテルに泊まってみたかった。

大草原の真ん中にこういう家を置いて住んでみたいという憧れもある。屋根の上に風見鶏とテーブル、椅子を置いてギターを奏でるのだ。

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自転車を停める。当たり前だが、車で来てる人がほとんどだった。

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内装も必要十分である。トイレ、バス付き。

私の場合、バス付きというのは自転車旅には必須条件だ。ライド後は「お風呂アイス」と決めているからだ。酷使した筋肉と関節をお湯で温めつつ、ほてった神経をアイス冷やす。お風呂で食べるモナ王は格別なものがある。生きてよかったと思える瞬間でもある。これは共同風呂はできないことなのである。

ちなみに椅子にマッサージ器が取り付けてあった。

疲れた体にこういう配慮がとてもありがたい。

フロントでコーヒーや紅茶がサービスで何杯でも飲めるし、冷凍食品が一つもらえた。料金は私の場合5500円だった。

すぐ近くにコンビニとスーパー、マックその他レストランなんかもあるので、食事や買い物に困ることはない。

ベットもふかふかで朝までぐっすり寝れた。

明日は三重に入り、東海道や旧伊勢街道を走りながら伊勢市を目指す。

暇なので自転車旅に出る

突然だが、暇なので私が現在住んでいる大阪から実家のある三重県伊勢市まで自転車で帰ることにした。

約180キロの道のり

大阪からだと奈良を突っ切ったほうが140キロくらいで早いのだが、道中の峠越えがしんどいし、山中でトラブルがあった時に困るので、大阪→京都→滋賀を経由して南下するルートを選んだ。+40キロ程度であれば許容範囲なのだ。がんばったら1日でいける距離なのだが、道中に大学時代や小学校低学年の時に過ごした場所も通るので、寄り道しながらのんびりサイクリングしたい。そのため滋賀で一泊することにした。

今回の旅の相棒である。

かれこれ8年の付き合い

GIANTというメーカーのPROPEL Advanced2という名前の2015年モデルのカーボンロードである。いわゆるロードバイクという速く楽に走れるタイプの自転車だ。

ちなみにロードバイクも色々と種類があり、これはエアロロードというタイプで、空気抵抗が少なく高速巡航が得意なバイクだ。どちらかと言うと旅バイクというよりもレース向けのバイクである。剛性が高く、ペダルを踏んだ力がそのまま推進力となり反応が良い。その反面、衝撃吸収は苦手で長い距離を走ると疲労が溜まりやすい特徴がある。

しかし個人的にほっそりとした形状が刀っぽくて一目惚れして購入した。別に疲れようと休憩すればいいだけだ。好きになった人がそのままタイプになると言うやつだ。欠点もひっくるめてそのバイクの味なのだ。

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後ろからのアングルが好き。

これまでそれなりの距離を走ってきたが、きちんとメンテナンスさえしていれば、大したメカトラもなく行きたいところまで乗せていってくれる頼もしい自転車なのだ。

はりつけの刑

一泊分の荷物を自転車に取り付けれる専用のバックに入れ、雨具は入りきらなかったので黒猫ボトルに詰め込んで持っていく。リュックは背負わないスタイルでいく。そのほうが楽だからだ。

恰好はこんな感じ。背中のポッケには右下にあるサイクリング用の財布とバナナくん(補給食入れ)、ファーストエイドセットを入れる。


旅のお供。

無事にカエルにゃん

こいつをヒラヒラさせながら走るのだ。無事に帰ってこれますように。

 

レゴランド大好きおじさん

大阪のレゴランドに息子と行ってきた。

着いたとたん猛ダッシュする4歳児。待ってくれ。

そこまで広くはないが、いくつかのアトラクションやワークショップ等が楽しめるプレイスポットである。詳細は公式リンクを参考にしてほしい。

アトラクション|レゴランド®・ディスカバリー・センター大阪

 

土曜日だったが、混雑具合はそれほどではない。待つことがあっても10分以内である。

息子が一番食いついていたのは、レーサー&ビルドテストゾーンというやつで、好きな車を作って専用コースで走らせることができるものだ。

初めて見るパーツにテンションぶちあがる4歳児。

 

作ったものは傾斜が付いているコースでタイムを計測できる。こういうのがたまらんのですよ。

ボタンを押すとストッパ-が下がる仕組み。

右が息子。左が父の試作機。

父は大人げなく空力を意識したスリム形状で最速タイムを計上。

息子はさらに改良した2号機で再戦を要求。しかし、なぜか父の車は「おとうさんのはコレね」と息子に指定されたものとなった。

中央が息子。左が父。これぞ出来レース

よほど悔しかったのか、タイヤのみの車(?)で勝負をさせられる。

ストッパーが外れたとたん、父の車はバラバラになり、息子は満足した様子。

初号機は水陸両用らしい。

途中退場できないので、お昼はレゴランド内で食べることにする。席数はそこまで多くないが、お昼時でも埋まることはなかった。

レゴサンドセット(ポテト・ドリンク付)

これで1700円くらい。少々割高な気もするが、見た目通りかなりボリュームがあるので、親子ふたりで分けるくらいでちょうどいい気がする。子供だけでは食べきれないかも。そう考えるとそこまで高くもないような気もするし、味も普通においしい。特に不満はない。

その後、乗り物に乗ったり、ハロウィンイベントに参加し、そして私が楽しみにしていたジオラマゾーンへ。大阪の街がレゴで再現されているのだ。

昼と夜のサイクルがある。こりゃすごい。


このほかにもいろいろと細かいジオラマがあり、レゴの人形たちが生活している様子が表現されている。その中になんと交通事故現場もあり、息子がめちゃくちゃ食いついていた。

「壊れたパーツ交換してもらえる?」としきりに心配していた。やさしすぎる。

最後にレゴショップで好きなパーツを組み合わせて作れるレゴの人形を息子と二人分購入。1体500円で、①頭②顔③体④足⑤道具を好きに組み合わせてオリジナルミニフィグを作れるのだ。レゴ好きがよだれを垂らしながら歓喜する夢のワークショップである。

まもりたい、この笑顔。

父はせっかくなので「LEGOLAND」のマークが入った限定パーツを中心に組み立てる。
顔パーツは一番いい笑顔のやつ。肌ツヤも良い。髪はちょっとイケオジ風をチョイス。

レゴランド大好きおじさん」がここに誕生した。

道具はなんとなく青い鳥にしたが、ギターやらコップやらバリエーションが豊富だった。

息子はなぜかティーポットを選択。そして肝心の人形は自宅にもあるパーツで作った警察官。紅茶好きのポリスメンなのだろうか。せっかくだから自宅にないパーツを選べばいいのにとも思ったが、気に入っているようだしまあいいやと思うことにした。

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私の自宅のレゴのまちにもなじんでいるようである。しかし、怒らせたらたぶん怖い。そういうおじさんだ。

さて、そんなこんなで息子との1日が終わった。

そりゃあ、もういいひだったよ。

台風のブックカバー

一人で過ごす台風の日

暴風ポメラニアン

 

昨日朝方から暴風が本格化し、窓ガラスが独特のリズムでなり始めたので、午前5時過ぎに目が覚めた。頭はまだぼんやりしている。

私のハイツは築古なので大雨になると、窓のサッシの隙間から雨水が侵入してくる。

台風の前日に、タオルを筒状に丸めたものをすべての窓サッシにぎゅうぎゅうに詰めておいたので、浸水の心配はないのだが、その湿り具合を確認するついでに窓の外を眺めた。

白いビニール袋やら葉っぱが風に舞っている。雨はまだ本降りではないように見えた。

その中を白い犬を連れたおじいさんが歩いている。おじいさんのシャツと犬の毛が風に吹かれて逆立っている。習慣というのはすごい。

確か数年前の大型台風では、ベビーカーが宙を舞っていた。あの台風に比べたらまだマシだろう。サッシのタオルもあまり湿っていない。さて、こういう日は内職的な作業をするに限ると思いながら窓から離れた。

ブックカバーという名の物理バリアー

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以前から本に保護用のブックカバーを付けたいなあと思い、透明なカバーを買っておいたのだが、2、3冊つけたところでめんどくさくなってほったらかしにしていた。

元々本なんかボロボロなほうが価値があると思っていた。実際読み終わった本は例外なく多少の差こそあれボロボロになった。そしてそのほうが「味」があると感じていたのだが、いつのころからか息子にも残したいと思うようになった。こういうのを年を取るというのだろうか。そういう経緯でカバーを買うに至った。

ともあれ、今こそ再開するべきだろう、と思い立ち顔を洗って髭の伸び具合を確認し、そしてたっぷりと珈琲をポット淹れた。窓の外では、ちょうど暴風域に入り始めたようだ。

本は手渡されるものではなく、手を伸ばすもの

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私は離婚しているが、子供とは頻繁に会っている。子供が「お父さんに会いたい」と言ってくれている間は、できるだけ一緒にいたいと思っている。そういう関係性の中で、「この本息子も読むかなあ」と思うことが多くなった。

実際のところ、自分も母や父の漫画や小説なんかを読んで育ったし、そういうのは今でも割と印象に残っているものだ。司馬遼太郎とか五木寛之とかカミュとか手塚治虫とかポールギャリコとかミュハエルエンデがそうである。絵本もそうだ。母がたくさん買ってくれたから、今も絵本をめくる習慣があるし、それらは私の人生に深みを与えてくれるものでもある。

子は大なり小なり親の文化的側面の影響を受けるものだ。とはいえ、子供は「これを読め」と言われて読むものでもないだろう。子供にしてみたら余計なお世話というものなのだ。本棚に陳列している本に子供自ら手を伸ばす瞬間、きっとそこに何らかの化学反応があるはずだ。その反応が数十年先にやってくることもある。しかし夢中になって読むということが大切なのだろう。そういう経験はこの世界で生きていく上で得難いものとなる。

そういうことを考えながら、かたっぱしからカバーをかけていく。

数十回繰り返すとコツのようなものがつかめてきた。息子が大きくなってこの本を読んだらどう思うか、などと考えながら作業にのめりこんでいると、いつのまにか風は弱まり、台風は過ぎ去ろうとしていた。

さようなら。

翌日サッシの間に挟まり続けたタオルたちを干しているとき、セミの声が聞こえてきた。雲の切れ間の青い空は、いつも通りの夏のそのものであった。自然というのはすごい。

また暑い日が続くんだなあ。

 

 

パースの思い出part1

オーストラリアでの日々

8歳からの3年間と15歳からの1年半、西オーストラリアのパース市で過ごしたことがある。

母親が父親と離婚したとき、かなりの額の慰謝料をもらったそうで、母はそのお金で長年の夢だった長期留学を実現させた。子連れの留学である。

8歳の子を連れての海外留学は当時の母にとって大決断だっただろうが、結果として得難い経験を積ませてもらったと思っている。今でも鮮明に思い出せることがたくさんある。オーストラリアでの思い出はたくさんありすぎて、何を書くべきか迷ってしまうくらいだ。それらのほとんどは、心象風景としても私の記憶の回路に漂っている。

こうやって「よしあのときのことを書こう」と思っただけで、たくさんあふれてくる記憶があり、それにはしかるべきスイッチのようなものが必要なのだろう。

ブログを書き始めた理由のひとつとして、過去の記憶の整理をしたいということもあった。ぼんやりと思い出すだけだった自分の記憶を、文章として書き出すことで当時思っていたことや感じたこと、そして当時私の周りにいてくれた人たちのことをより深く理解できる気がしたからだ。

そうやって記憶を井戸のように掘っていくことで、新たな水脈にたどり着けるかもしれない。私個人の記憶など興味がない人が多いだろうが、記憶というのは誰もが持っているものであり、今の自分を支えてくれるものでもある。自分自身が大切にしている記憶を思い出すきっかけになれば幸いである。そしてこれは何度かにわけて書くことになるだろう。オーストラリアでの記憶は、おそらく私にとって、とても重要なものなのだ。

ラッキーな出発

オーストラリアなど当時の私は知る由もなく、母から「地球の歩き方・オーストラリア」という本を渡されて何らかの説明を受けたがほとんど記憶にない。「ああどこか遠いところに行くんだな」と思った覚えもないし、「お友達と別れるの? 嫌だ!」とか言った記憶もない。気づいたらリュックを背負って日本の空港にいた。

チケットをチェックするゲートで急に母があたふたしはじめた。何かを探しているようだった。そのとき後ろにいたおじさんが2枚の紙をすっと差し出した。チケットだった。母が落としていたのだ。今思えば初っ端から不安しかない旅立ちであるが、まあ母はそういう人間なのだ。おっちょこちょいだが、なぜか運よく周りが助けてくれるのだ。そのとき母が「ラッキ~」とつぶやいたことまで私はしっかりと覚えている。「ラッキ~」じゃねぇわ。

そこからオーストラリアに到着し、初日に泊まったモーテルでの記憶に飛ぶ。

そのモーテルにはやたらうす暗いゲームルームがあり、日本の「高橋名人の冒険島」というアーケードゲームが置いてあった。それまで見たこともない20セント硬貨をもらって、ゲーム機に入れて遊んだことも、レストランのようなところでタイ米のカレーを食べて「なんだこれ」と思ったことを覚えている。

サンセットルーム

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最初に住んだところはコテスローという美しいビーチが近くにある町で、私はそこからバスで日本人学校に通い、母はカーテン大学というところに通った。

どういう経過かは覚えていないが、気付けばアパートに移っていた。「サンセットルームがあるんよ」と母がうれしそうに言っていた。

海に沈む夕日が眺められる部屋で、そこが私の遊び場になった。

強烈なルビー色の夕焼けが異国の町をそめていく光景を母はよく眺めていた。当時の私はそういう情緒的なことには興味がなく、買ってもらった「レゴの海賊船」セットで熱心に遊んでいた。ちなみにそのレゴセットのいくつかのパーツは今でも残っており、息子が引き継いで遊んでいる。

絵はがきみたいなビーチ

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そこから歩いて5分程度のところにビーチがあり、よく母と散歩したものだ。絵はがきの中を歩いているようなビーチである。砂は白いし、海はアクアマリンだ。

それはそうと、ビーチだけでなく町中やスーパーでも素足で歩いている人がたくさんいて、不思議に思ったことを覚えている。

思えばそれまで住んでいた環境とはずいぶんと変わったものだったが、当時の私は割とすんなり順応していたようだ。あくまで私の記憶ではだが、帰りたいと言ったこともないし、戸惑った覚えもない。母の心情はよくわからない。おそらく不安もあっただろうが、生来の楽天家でもあるから「ま、なんとかなるっしょ」程度に思っていたのかもしれない。実際なんとかなったのだが。

ともかく親子ふたりが異国の地でまがりなりにも数年間楽しく暮らせたことは色んな人のサポートもあっただろうし、もちろん母自身の努力や苦労もあったのだろう。私の中で総体的に良い思い出としてインプットされているのは、そういうことなのだろう。とてもありがたいことである。とはいえ、色んな事件めいたことも、ショックだったことも、もちろんあった。しかしそれがネガティブな思い出として残っているかといえば、そうでもない気がする。

ともかくオーストラリアでのことは順を追いながら、ゆっくりと書いていきたい。(続く)

 

リスの本集め

以前のブログで「幻魔大戦」が読みたくなったと書いたが、結局1巻だけAmazonで買ってみた。劇画のようなタッチの濃ゆい背表紙が懐かしすぎる。

ついでに気になってた本も買った。

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人間失格」は、むしょくになった時、頭の中にこの言葉がふんわりと浮かんできたので、ついでに買ったのだが、表紙のデザインがモノトーン調でえらくオシャレになっていた。びっくりした。今年のプレミアムカバーらしい。なんだそれは。

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新潮文庫のこういう抽象画みたいな表紙になじみがある私としては、戸惑いを隠せない。

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しかし新しいデザインは、ブックシェルフにポンと置けば、カフェなんかのインテリアとしてもいいのでは…、と思えるくらい洒落乙である。そういう時代なのか。

ちなみに私は気に入った表紙はこうやって飾る変な癖がある。

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正直な話、表紙目的で買って読んでいない本もある(どの本とは言わない。もちろんちゃんと読んだ本もある、というかほとんどそうである)

しかし、本は置いとくだけでも妙な満足感があるものだ。

「世界には自分の知らないことがこんなにある」という戒めなのか、ただコレクター欲を満たしているだけなのかはわからない。ただ本に囲まれていると安心するのは事実である。こうなるとデジタルではやはり物足りないのだ。

「まだ読んでない本がこんなにあるぞ」という本からの圧を感じるには、物理的な量が必要なのである。そして「読んだ本はこれだけある」という満足感を得るにも同様である。壁一面本棚やブックシェルフに囲まれた部屋を作るのが夢だ。

そのために冬眠前のリスみたいに、せっせと本を集めている。