2日目スタート
8時過ぎに出発。快晴である。
あまりの気持ちよさにひとりニンマリしながら、自転車通学中の中学生たちを颯爽と抜き去った。目指すは約90キロ先の伊勢である。
さて、2日目の行程はこんな感じだ。
どれだけゆっくり走っても、自転車が壊れない限り、日が落ちるまでには伊勢に着くだろう。
ちなみに、滋賀から伊勢に行く場合、国道1号線→10号→23号線沿いを走れば、何も考えなくても着くのだが、私は自転車旅をする場合、できるだけ大通りは避けて側道をゆっくりと走ることにしている。
こういう道が好きすぎて、永遠に走れる。
その方が安全だし、その土地々の雰囲気をダイレクトに感じることができて楽しいからだ。
そういうわけで、脇道や東海道をのんびりとサイクリングしながら伊勢を目指すことにする。
滋賀の脇道を走っていると、茶畑のそばにあるこじんまりとした公園を発見。こういう風景に、きゅんきゅんしながら走る40過ぎ(むしょく)なのである。
ちょうど良いサイズ感で、東家に腰かけながら子供を見守る親の姿が目に浮かぶ。こういう公園が家の近くにもあるといいのになあと思いながら通り過ぎた。
ちなみに今気付いたのだが、右下にみえる黄色い遊具は一体なんなのだろう。どう見てもエビフライにしか見えない。
鈴鹿峠越え
さて鈴鹿峠に差し掛かると、緩やかな登りが始まる。峠と言っても体感で5%〜10%くらいで、チュートリアルのような登りである。坂嫌いな私でも鼻歌交じりに余裕をぶちかましながら登れるくらいだった。
ちなみに余裕がなくなると、ハアハア喘ぎながら、汗やら涎やらその他よくわからない謎の液体を振りまきつつペダルを踏むという地獄絵図になる。シンプルに汚いし、当然ながら楽しくない。ブツブツと坂道を呪い始めたらいよいよ限界なのである。
それはさておき、ここは国道1号沿いだが、割と広めの歩道が設置されており、車道を走らなくても済む。
安全面を考えると、交通量の多い道路は避けたいものだ。大型車が行き交う車道を走るのは、やはり怖い。それはドライバー側とて同じであろう。私も経験があるが、自転車を追い抜くときはかなりの神経を使うものだ。登り坂でフラフラしている自転車ならなおさらである。
したがって、できるだけゆっくりと歩道を走らせてもらうことにする。
歩道には人っ子1人おらず、誰ともすれ違うことはなかった。独り占めである。下りでテンションがあがり年甲斐もなく「いやっふぅー」とか言いながら進んでいる。
ただ歩道は車道に比べると、どうしてもパンクのリスクがあがってしまうものだ。段差が多かったり、枝やら石ころ、ガラスのかけら、そしてマキビシやらが落ちているからだ。
コレは極端な例。
パンク修理キットは常備しているが、ぶっちゃけ直すのはめんどくさいし、何よりテンションが下がるのだ。適正な空気圧を保つとか、対パンク性能の高いタイヤを履かせるのも大切だが、基本的にはパンク回避テクを駆使する方が回避率は高まる気がする。
私の場合、歩道の段差に乗る際、スピードを落としてお尻を上げ抜重する。段差にタイヤがぶつかってパンクすること(いわゆるリム打ちパンク)が多いからだ。角が鋭そうな段差は、バニーホップ(ぴょんとジャンプするやつ)をそれぞれ前後輪行う。ちょっとしたミニゲームの感覚でやると楽しい。
まれにガラス片や釘が落ちていることもあるので、路面状態を欠かさずチェックするのも大切だ。ちなみにブラジャー、東京バナナ(箱ごと)、魚が詰まった発泡スチロールが落ちていたことがあった。世界は広いのだ。
そして障害物を見つけるや否や、親の仇の如く睨みつけながら交わす。一緒に走っている人がいたら地面を指差しながら「総員回避!」と叫んで教えてあげるのがいいだろう。
あと、休憩のたびにタイヤに異物が刺さっていないかチェックする癖をつけると良いかもしれない。私は毎回やっている。それくらいパンクを憎んでいるのだ。パンクはゆるさん。そういう心構えが大切なのだ。
植物界隈の陽キャたち
ちなみにあまり人が通らない歩道は、元気すぎる草が「ウェーイ」と言わんばかりに茂っていることがある。
ジャングルクルーズで草。
こういう場合車道を走るか、交通量が多ければ覚悟を決めて草むらに突っ込むのだが、当然こうなる。
オシャレな柄タイツ(に見えなくもない)
東海道という名の異世界転生
1号線から東海道に入ると、雰囲気が一変する。
その静けさに思わず「あれ、異世界転生した?」と思ってしまうほど、周りの世界と自分自身が乖離した感じがあるが、次第に周囲と馴染んでいくのがわかる。
一旦馴染んでしまうと、シンプルに心地いい。
聞こえてくるのは、車輪がくるくると回転する音と鳥のさえずり、木の葉が風にゆれる音だけだ。
道路は車はおろか自転車すら走っていない。
木々の間を縫うようにして道が続いており、自転車は今までにないくらい軽快に進んでいく。空気が少しひんやりとしているが、寒くはない。空気が澄んでいる、とはこういうことなのだろう。
こういう場所はできるだけゆっくりとペダルを回すことにする。通り過ぎてしまうのがもったいない気がしたからだ。
時々、登山風の方とすれ違い、あいさつを交わす。東海道を徒歩旅しているのだろうか。
そうやってのんびり進んでいると、ハッとするような風景が目に止まり、思わずブレーキを握った。
役目を終えて、朽ちかけたショベルカーが静かに佇んでいるのが見える。
なぜかわからないが、その錆びた背中に惹かれるものがあり、しばらくぼうっと眺めていた。
もう一台あり、こちらは周囲の草木と一体化しつつある。
自然にのまれていくかつての働き者たちに妙な親近感を覚えた。
関宿へ
そんなこんなで関宿に辿り着く。江戸時代、街道を行き交う人々で賑わったら場所らしい。旅宿が連なるようにしてあり、その時代の雰囲気が色濃く残っている。
ここまで来たら2日目の行程の大体1/3は終えたことになる。時刻は11時前。
例によって寄り道しまくりながら走る。むしろ寄り道が楽しくなってきている。私にとって、自転車の速度感がちょうどいいのかもしれない。遅すぎず、速すぎずちょうどいい速度で旅ができる。今さらながら新たな発見があった。
それに2日に分けて正解だった。1日で大阪市から伊勢市へ行くとなると、のんびり走っている余裕はさほどないからである。
寄り道すると、知らない景色にたくさん出会う。見たことがあるようで、見たことのない景色だ。
しなる稲穂が風の存在を知らせてくれる。広々として気持ちいい。
いい感じの曲がり角で休憩。
道の駅も何ヶ所か通るのだが、やっぱりこういう何でもないところで立ち止まるのが好きだったりする。自分だけの道の駅なのだ。
23号線へ
23号線に出てからは早かった。
広めの側道があり、ひたすらその道に沿って進んでいくだけである。
広い側道が23号に沿って設置してある。
農道がすぐ近くにあるため、トラクター等の作業車に注意は必要だが、快適に走れる。
途中迂回する箇所があるので、地図を確認しつつ走るといいかもしれない。
自転車旅中の食事
距離に関わらず走っている間は、あまり食事を取らない。がっつり食べる人もいるのだが、私の場合、走ってると胃の中がトランポリンみたいになるので、軽めの補給食をこまめにとることにしている。水分はスポーツドリンクを中心にしっかり摂取し、コンビニ寄った際はおにぎり一個かアイス+炭酸ジュースくらいである。
補給食入れと化したバナナくんの中身。今回は2日間それぞれ100キロ前後なので、少なめである。一口ようかんとグミ、塩タブレットを持ってきた。プロテインバーやおしるこサンドを持っていくこともある。
しっかり食べるのは、走り終わった後がほとんどだ。
食事の写真がないのは、そういう理由があったりする。
そして到着
午後3時過ぎ無事到着。
総走行距離は194キロだった。
自転車に乗っていた時間は約12.5時間となった。寄り道したので距離、時間共に予定よりも多くなってしまったが、気持ちよく走れた旅となった。
実家に帰ると、迎えてくれた母が第一声にこう言った。
「黒いなあ!」
てっきり日焼けのことかと思い、「まあ一日中走ってたし多少は焼けたかも」と答えたが、母は首を振りながら自転車を指差した。
「ちゃうがな、コレのことや」
自転車が黒い。まあ確かに私の自転車は黒が基調となっている。
いや待て何度も見てるはずなのに、なぜ今さら…、と思いながら「まあ渋いしええねん」と返すが、母はふーん、とつぶやくと続けた。
「名前はつけたん? ブラッキーとか?」
(ブラッキー…)
謎のネーミングセンスのせいで、疲労が一気に押し寄せてきた気がした。
ちなみに自転車に名前はつけてないが、仮につけるとしても「ブラッキー」だけは絶対にないだろう。絶対にだ。
その後、またどこか自転車で走りたいなあ、とぼんやり考えながら、お風呂アイスで体を癒した。
ひょっとしたら死ぬ間際に、私の中の記憶の蛍がポッと瞬き、今回のことを思い出すかもしれない。そういう旅になったと思う。
そしてなによりも無事に辿り着けたことに感謝なのである。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。