うちゅうのくじら

そりゃあもういいひだったよ

GOLDEN BALLの悲劇

小学生のころ、ワープロというものが家にあった。

ワープロとは、今でいうWordとプリンターが一体になったものであるが、そのころ母は大学に行っていて、その論文を書くのに使っていたものである。

母が無事卒業した後はもうお払い箱になったようで、部屋の片隅に無造作に置かれていた。こういう類の機械が好きな私は勝手にいじっていて、そのうちある程度使いこなせるようになり、小説のようなものを書くようになった。

初めて書いたということもあり、割とその話のことは覚えている。

 

「GOLDEN BALL」というタイトルで、ある一族に伝わる「GOLDEN BALL」という宝が、ある日猿の一族に盗まれ、それを主人公が取り戻す旅にでる、というありがちな話である。おそらくドラゴンボールに触発されたのだろう、その宝のイメージはドラゴンボールのようなキラキラとした丸い玉であった。一族に伝わる宝というからには、宝石のように輝きを放ちながらも、どこまでも透き通っており、私の想像力の限りを尽くして、その玉の美しさを描写したような記憶がある。

結構長いページを費やして書いていた。授業中に設定集のようなものを作り、毎日あたため続けていた。当然それは母も知っていた。

 

忘れもしないある雨の夜、こたつの上でワープロをパチパチ叩いているわたしの後ろを母が通りがかった。

「なんてタイトルなん?」

と、のぞき込むようにして聞かれたので、私は(今ノッてるのに邪魔するんじゃねぇ)と内心思いながら、しかし得意げに「GOLDEN BALL」と言い、細かい設定を話して聞かせた。すると、母は突然こう言った。

「きんたまやん」

「え?」

「だから、それ、きんたまのことやで」

「え?」

「いやだからGOLDEN BALLってきんたまって意味や」

母は台所に消えていったが、私はそれ以来、謎の虚無感に襲われ、その話を書くことをやめた。

(じぶんが書いてたのは、きんたまの話なんだ)

という、どうしようもないやりきれなさがあったのだと思う。

今も覚えてるくらいだから、それなりの衝撃だったのだろう。自分が一生懸命書いていたのは、きんたまを盗まれて、きんたまを取り戻すために大冒険を繰り広げてるきんたまの話なのだ、と。

 

「あれ、もうかかへんの?」

しばらく後に確か母にそう聞かれた。

「うん」

「なんでや、もったいない。あきらめたらあかん」

「きんたまやし」

「え?」

「きんたまの話やから、もう書かない」

「なんやそれ?」

そう言うと母はどこかに消えていった。

ああ、きんたまと言ったことすら忘れているのかと、再びショックを味わったことも、きっちり覚えている。

 

しかし、今これを書いていて気付いたのだが、割と私も無自覚に余計なことを言うきらいがあり、おそらく血なのだと思った。

何が言いたいかと言うと、特に何も言いたいことはないのだが、無理やり作るとすれば、子供のやる気は折れやすいのだということなのだろうか。一生懸命に何かをしていたら、余計なことは言わず、そっと見守るのがよいのだろう。

ちなみに母を恨んでるとかそういうのは一切ない。

その後、ワープロは廃品回収されていった。