うちゅうのくじら

そりゃあもういいひだったよ

鼻の奥にある冬の記憶

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冬は曇り空が良く似合う。

冬の曇った空はところどころ白くて、ところどころ銀色ねずみのような色をしている。どこか退廃的で、しかしどこか荘厳な雰囲気がある。

そのうすぼんやりとした空気に包まれて、空との境界があいまいになった街を眺めるのが好きだ。街が、そして自分が世界から孤絶したような気分になるからだ。

私はアパートの5階の部屋に住んでいるのだが、この建物は高台に建っているため遠くの方まで見渡すことができる。

私の住む都市で一番背の高いビルが、ベランダの向こうにそびえたっていて、そのさらに向こう側に息子の住む街がある。息子の街も冬の空気に包まれて、その中で息づいている息子の存在を感じる事ができる。

冬は街の喧騒がよく聞こえる。

電車が線路をリズムよく叩く音、車のせわしないエンジン音、近くの神社の木に集まる鳥たちの声、カラスの少し間の抜けた声、それらが冬の空気と一緒くたになって流れ込んでくるのも好きで、寒いとわかっていても思い切り深呼吸をしてしまう。

鼻の奥がツンとする、そのミントみたいな感覚が体全体に深々としみこんでいくと、「冬なんだなぁ」と実感するのだ。

風が吹くと、晴れ間がわずかに見えた。

冬の晴れた空も、水彩絵の具みたいな澄んだ淡さがあって好きだ。曇り空の隙間から少しのぞいているくらいがちょうどよい。そう、やはり私は冬の空が好きなのだ。

そのうち足の裏から冷気がしみ込んできて、「ああ寒い寒い」と独り言をつぶやきながら窓を閉めて部屋の奥にすっこむ。

冬の空気は、それでもやはり鼻の奥に残っている。

それは色んな冬の記憶を呼び覚ますスイッチとなる。

寒いのだけど、暖かい妙な記憶なのである。露天風呂から夜空を見上げるような感覚に近い。

そう考えると、あらためて四季のある国に生まれてよかったなぁ、とつくづく思うのである。