うちゅうのくじら

そりゃあもういいひだったよ

湖の底の石

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小さい頃、湖畔で飛び石あそびをしていたとき、ふいに怖くなってやめたことがある。

投げ入れられた石は湖の底の土を舞い上げたが最後、そこに永久的にとどまり続ける。 

石は自ら動くことができず、湖が干上がってしまわない限り、もう二度と地上に戻ることはできない。

そして、もう誰も湖の底の石のことなど気にすることはない。石は突如としてそれまでいた世界から、湖の底へと突き落とされる。それは自分のほんの気まぐれで、別に意味など何もない。自分のただの暇つぶしで、石は誰にも気にされることなく湖の底に居続けなければならない。それもこれから先ずっと、永遠に閉じ込められてしまう。それがもし自分の身に起こったとしたら……。

そのことが子供心に恐ろしく、投げる手を止めて湖を覗き込んだことを覚えている。

 

しかし、大人になってこうも考えれるようになった。

湖の底でひっそりと過ごせるなら、それはそれでいいのではないだろうかと。

湖の中はひんやりとしていて静かで、ほのかに暗い。

見上げると、水面がかすかに光りながらゆらめている。満月の晩は、さぞかし綺麗だろう。月の光が幾筋かの柱になって、ふり注いでくれるのだ。あたりには魚や虫や微生物なんかがたくさん泳いでいるから、まったくの孤独というわけでもない。旗みたいになびく魚の尾びれをながめて過ごすのだ。運が良ければ同じような石が飛び込んでくるかもしれないし、そうでなくても別に構わない。

石にとってむしろそのような世界のほうがいいのではないだろうか。少なくとも、湖の中ではもう投げられることはないし、蹴とばされることもない。

 

眠れない夜がたびたびあるが、そういうときは湖の底の石のことを考える。

天井は湖の水面のようにちらちら揺れていて、静かな水の流れに包まれている。

部屋の中はひやりとした水で満たされ、やがて沈んでいく。

私が投げ入れた石は、あの時のままなのだろうか。

私が生きてきた時間と同じだけ、湖の底に居続ける石の姿を想像する。

そんなことをぼんやり考えていると、やがて眠りがやってきて底の底まで沈んでいける。